14世紀

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元号は南朝側を使用しています。北朝の元号は( )内

14世紀の出来事
1301-辛丑-正安03年01月21日 邦治親王が第94代後二条天皇として即位
1301-辛丑-正安03年08月24日 富仁親王(花園天皇)立太子
1302-壬寅-乾元01年11月21日 正安から乾元(けんげん)に改元(元号一覧に戻る
1303-癸卯-嘉元01年08月05日 乾元から嘉元[かげん]に改元。(元号一覧に戻る
1304-甲辰-嘉元02年07月16日 第89代後深草天皇が崩御

1305嘉元03乙巳09月15日

第90代亀山天皇が崩御
1306徳治01丙午12月14日 嘉元から徳治(とくじ)に改元(元号一覧に戻る
1308徳治03戊申08月25日 第94代後二条天皇崩御 24歳
1308-戊申-徳治03年08月26日 第95代花園天皇が即位
1308-戊申-延慶01年09月19日 尊治(後醍醐天皇)立太子
1308-戊申-延慶01年10月09日 徳治から延慶(えんきょう)に改元(元号一覧に戻る
1311-辛亥-応長01年04月28日 延慶から応長(おうちょう)に改元(元号一覧に戻る
1312-壬子-正和01年03月20日 応長から正和(しょうわ)に改元(元号一覧に戻る
1313-癸丑-正和02年07月09日 量仁(光厳天皇)生誕
1317-丁巳-文保01年02月03日 正和から文保(ぶんぽう)に改元(元号一覧に戻る
1317-丁巳-文保01年09月03日 第92代伏見天皇崩御 53歳
1318-戊午-文保02年02月26日 第95代花園天皇が退位 し尊治親王が第96代後醍醐天皇として即位
1319--元応01年04月28日 文保から元応(げんおう)に改元(元号一覧に戻る
1321-辛酉-元亨01年02月23日 元応から元亨(げんこう)に改元(元号一覧に戻る
1321-辛酉-元亨元年12月09日 後醍醐天皇が、後宇多天皇の院政を廃して親政を敷く
1321-辛酉-元亨元年12月23日 豊仁(光明天皇)生誕
1324-甲子-元亨04年06月25日 第91代後宇多天皇崩御 58歳
1324-甲子-元弘04年09月19日 正中の変。六波羅探題が兵を遣し、鎌倉幕府討滅を企てた後醍醐天皇方の土岐頼兼・多治見國長らを
殺害し、日野資朝・俊基を捕える
1324-甲子-正中01年12月09日 元亨から正中(しょうちゅう)に改元(元号一覧に戻る

1326嘉暦01丙寅04月24日

道長と関白の座を争っていた藤原伊周が道長の策謀により太宰権師に左遷される。

1326嘉暦01丙寅04月26日

正中から嘉暦(かりゃく)に改元(元号一覧に戻る

1326嘉暦01丙寅07月24日

量仁(光厳天皇)立太子

1328嘉暦03戊辰以下不詳

義良親王(後村上天皇)生誕
1329嘉暦04己巳08月29日 嘉暦から元徳(げんとく)に改元

1331元徳03辛未08月09日

元徳から元弘(げんこう)に改元(元号一覧に戻る
1331元徳03辛未08月27日 元弘の変(倒幕計画)に失敗した後醍醐天皇が神器とともに奈良・笠置山に逃れる
1331元徳03辛未09月11日 元弘の乱で窮地に陥った後醍醐天皇の召しに応じて楠木正成が挙兵
1331元徳03辛未09月20日 北朝の光厳天皇が即位
1331元徳03辛未09月28日 笠置山に蘢っていた後醍醐天皇が挙兵。幕府が足利尊氏軍を指し向ける
1331元徳03辛未09月29日 後醍醐天皇の行在所である笠置山が幕府軍により全焼 。逃れた後醍醐天皇は囚われの身となる。
1331元徳03辛未10月21日 攻め寄る幕府軍に対して河内国赤坂城に蘢城していた楠木正成が城に火をかけて脱出
1331元徳03辛未0809 元弘に改元元号一覧に戻る)  北朝は元徳を使い続ける
1332元弘02壬申 楠正成が嶽山城を築城
1332元弘02壬申04月28日 北朝が元徳から正慶に改元

1333元弘03癸酉04月27日(元徳02)

倒幕挙兵討伐の為に丹波に入っていた足利尊氏が、後醍醐天皇に応じて倒幕を決意し挙兵

1333元弘03癸酉05月07日(元徳02)

倒幕に転じた足利尊氏の攻撃により京都・六波羅探題が陥落
1333元弘03癸酉04月18日(元徳02) 足利尊氏が後醍醐天皇による討幕挙兵討伐のため入京

1333元弘03癸酉05月08日(元徳02)

新田義貞が上野国で北條氏討伐の旗揚げ

1333元弘03癸酉05月09日(元徳02)

足利尊氏に攻撃され敗走した六波羅探題・北條仲時が、近江で自刃。432人が殉死した。

1333元弘03癸酉05月25日(元徳02)

北朝の光厳天皇が南朝の後醍醐天皇に譲位し一旦南北朝が合一

1333元弘03癸酉08月15日(元徳02)

北朝の光明天皇が即位。再び南北朝分離へ

1333元弘03癸酉(元徳02)

松平親氏生誕(推定)
1334元弘04甲戌01月29日 元弘から建武(けんむ)に改元元号一覧に戻る
1334建武01甲戌04月22日 興仁(崇光天皇)生誕

1334建武01甲戌05月03日

後醍醐天皇が借金に苦しむ人々を救う為の徳政令を発布
1335建武02乙亥07月23日 中先代の乱。鎌倉に幽閉中の護良親王を足利尊氏の弟・直義が暗殺
1335建武02乙亥08月09日 足利尊氏が北條時行を討つ為の征東将軍に任ぜられ、鎌倉へ出発
1335建武02乙亥11月19日 新田義貞らが足利尊氏追討の為、京都を出発
1335建武02乙亥12月11日 箱根・竹ノ下の戦い。建武新政府に叛旗を翻した足利尊氏が新田義貞軍を破る。南北朝動乱の始り
1336建武03丙子01月27日 新田義貞が京都を奪回
1336建武03丙子02月29日 建武から延元(えんげん)に改元元号一覧に戻る
1336延元01丙子04月06日(建武03) 第93代後伏見天皇崩御 49歳
1336延元01丙子05月25日(建武03) 楠正成が数百の手勢で兵庫に向け出陣 。湊川の戦いでは足利尊氏が楠木正成を破る。正成は一族と
ともに自害
1336延元01丙子06月30日(建武03) 新田義貞・名和長年らが京都で足利尊氏を迎え討つが敗れる
1336延元01丙子08月15日(建武03) 豊仁親王が北朝第2代光明天皇として即位
1336延元01丙子11月07日(建武03) 足利尊氏が、幕府の基本的な政治方針「建武式目」を制定。室町幕府が成立
1336延元01丙子12月21日(建武03) 後醍醐天皇が幽閉中の花山院を抜け出して吉野・金峰山に潜幸。南北朝対立が始る
1338延元03戊寅03月02日(建武05) 弥仁(後光厳天皇)生誕
1338延元03戊寅08月11日(建武05) 足利尊氏が北朝から征夷大将軍に任ぜられる
1338延元03戊寅08月13日(建武05) 興仁親王(崇光天皇)が即位
1338延元03戊寅08月28日(建武05) 北朝が暦應[りゃくおう]に改元(元号一覧に戻る
1339延元04己卯03月(暦応02) 義良親王(後村上天皇)立太子
1339延元04己卯08月15日(暦応02) 第96代後醍醐天皇が退位 し義良親王が第97代後村上天皇として即位
1339延元04己卯08月16日(暦応02) 後醍醐天皇崩御(尊治親王)(天皇(96代))<数え52歳>
1339延元04己卯10月05日(暦応02) 足利尊氏が天龍寺を創建
1339延元04己卯12月21日(暦応02) 應永の乱が終結。幕府軍が堺城を攻め落とし大内義弘が敗死
1340延元05庚辰04月28日(暦応03) 興国に改元元号一覧に戻る
1342興国03壬午04月27日(暦応05) 北朝が暦応から康永に改元
1345興国06乙酉10月21日(康永04) 北朝が康永から貞和に改元
1346興国07丙戌12月08日(貞和02) 正平に改元
1348正平03戊子01月05日(貞和04) 楠木正成の子・楠木正行が高師直軍との激戦の末に敗れ自刃
1348正平03戊子10月27日(貞和04) 北朝第2代光明天皇が退位 し、興仁親王が北朝第3代崇光天皇として即位
1348正平03戊子11月11日(貞和04) 第95代花園天皇崩御 52歳
1350正平05庚寅02月27日(貞和06) 北朝が貞和から観応に改元
1350正平05庚寅10月26日(観応01) 觀應の擾乱。将軍・足利尊氏と対立していた弟・直義が、京都を脱出して挙兵
1352正平07壬辰07月24日(観応03) 室町幕府が近江・美濃・尾張で「半済令」を施行。守護が年貢の半分を軍費として取得する権限を認め
1352正平07壬辰08月17日(観応03) 弥仁親王が北朝第4代後光厳天皇として即位天皇

1352正平07壬辰09月27日(観応03)

北朝が文和(ぶんな)に改元
1356正平11丙申03月28日(文和05) 北朝が延文に改元(元号一覧に戻る
1356正平11丙申08月22日(延文01) 足利義滿生誕。のちは室町幕府3代将軍となる
1358正平13戊戌09月20日(延文03) 足利尊氏が後光厳天皇を奉じて入京
1358正平13戊戌12月12日(延文03) 緒仁(後円融天皇)生誕
1359正平14己亥08月06日(延文04) 筑後川の戦い。南朝方の懐良親王らと北朝方の少弍頼尚が戦い、夜襲で北朝方が勝利
1360正平15庚子05月09日(延文05) 畠山國清により楠木正儀の赤坂城が落城
1361正平16辛丑03月29日(延文06) 北朝が康安に改元
1362正平17壬寅09月23日(康安02) 北朝が貞治に改元
1364正平19甲辰07月07日(貞治03) 北朝第1代光厳天皇が崩御 52歳
1367正平22丁未12月07日(貞治06) 足利義詮歿(室町幕府将軍(2代))<数え38歳>
1368正平23戊申(貞治07) 煕成(後亀山天皇)立太子
1368正平23戊申02月18日(貞治07) 北朝が応安に改元
1368正平23戊申03月11日(応安01) 第97代後村上天皇が41歳で崩御し、寛成が第98代長慶天皇として即位

1368正平23戊申12月30日(応安01)

足利義滿が室町幕府第3代将軍に就任
1370正平25庚戌07月24日(応安03) 南朝が建徳[けんとく]に改元。1372年に文中に改元
1371建徳02辛亥03月23日(応安04) 北朝第4代後光厳天皇が退位 し緒仁親王が北朝第5代後円融天皇として即位
1372建徳03壬子04月07日(応安05) 南朝が文中に改元
1374文中03甲寅01月29日(応安07) 北朝第4代後光厳天皇が崩御 37歳
1375文中04乙卯02月27日(応安08) 北朝が永和に改元
1375文中04乙卯05月27日(永和01) 南朝が天授に改元元号一覧に戻る
1377天授03丁巳06月27日(永和03) 後小松天皇(幹仁親王)生誕 (天皇(100代,北朝6代))
1379天授05己未03月22日(永和05) 北朝が康暦(こうりゃく)に改元
1380天授06庚申06月24日(康暦02) 北朝第2代光明天皇崩御 60歳
1381天授07辛酉02月10日(康暦03) 南朝が弘和に改元
1381弘和01辛酉02月24日(康暦03) 北朝が永徳に改元
1382弘和02壬戌04月11日(永徳02) 北朝第5代後円融天皇が退位 し、第100代後小松天皇が即位
1383弘和03癸亥(永徳03) 第98代長慶天皇が退位 し、煕成が第99代後亀山天皇として即位
1384弘和04甲子02月27日(永徳04) 北朝が至徳(しとく)に改元
1384弘和04甲子04月28日(至徳01) 南朝が(元中)に改元
1387元中04丁卯08月23日(至徳04) 北朝が嘉慶[かきょう/かきやう]に改元。1389年に康應に改元
1389元中05己巳02月09日(嘉慶03) 北朝が康応に改元(元号一覧に戻る
1390元中06庚午03月26日(康応02) 北朝が明徳に改元
1392元中08壬申閏10月05日(明徳03) 南北朝統一。後亀山天皇の神器、後小松天皇の内裏に入り南北朝合一。
元号を北朝の「明徳」に統一
1393明徳04癸酉年04月26日 北朝第5代後円融天皇が崩御 36歳
1393明徳04癸酉年 松平親氏歿(推定)
1394明徳05甲戌07月05日 應永に改元。1428年に正長に改元
1397応永04丁丑04月18日 金閣寺の上棟式
1398応永05戊寅01月13日 北朝第3代崇光天皇が崩御 65歳