06世紀

サイトマップ3


06世紀の出来事
0506武列天皇08丙戌12月8日
第25代武烈天皇崩御(小泊瀬稚鷦鷯尊)(天皇(25代))<18歳>
0507継体天皇01丁亥02月04日
男大迹王が即位し第26代天皇・継体天皇となる
0509継体天皇03庚寅
第29代欽明天皇(天国排開広庭尊)生誕
0513継体天皇07癸巳12月08日
安閑天皇立太子
0531継体天皇25辛亥02月07日
継体天皇が崩御し、第27代安閑天皇が即位する。
0535安閑天皇04乙卯09月13日
難波の大隅島と媛島で牛を放牧。牛乳の飲用や蘇(そ)の調整もこの頃から始まったのか?
0535安閑天皇04乙卯12月17日
第27代 安閑天皇崩御 (70歳)
0535安閑天皇04乙卯12月18日
第28代宣化天皇即位
0538宣化天皇03戊午10月12日
仏教公伝。
百斉国の主明王(めいおう、聖明王)が初めて仏像、経典、僧侶などを献上したことにより我が国に仏教が公
式に伝来した。天皇はこれらを大臣の蘇我稲目に授けた。

日本書紀では552年のこととしているが各種文献からこの年であることは明らかである。
0538宣化天皇03戊午
訳語田渟中倉太珠敷尊(敏達天皇)生誕
0539宣化天皇04己未02月10日
第28代宣化天皇崩御
0539宣化天皇04己未12月5日
第29代欽明天皇即位
0540欽明天皇01庚申
橘豊日尊(用明天皇)生誕
0552欽明天皇13壬申10月13日
日本書紀記載の仏教伝来だが、538年10月12日説が有力です。安閑、宣化、欽明は同時期並立であったと思
われます。
0552欽明天皇13壬申
百済の聖明王が朝廷に金銅の釈迦物を献上し、蘇我稲目が賜る。
0554欽明天皇15甲戌01月07日
敏達天皇立太子
0571欽明天皇32辛卯04月15日
第29代欽明天皇崩御  63歳
0572敏達天皇01壬辰
厩戸皇子(聖徳太子)生誕
0572敏達天皇01壬辰4月3日
欽明天皇の第二子・訳語田皇子が即位し第30代天皇・敏達天皇
0572敏達天皇01壬辰04月
蘇我馬子を大臣が大臣に任ぜられる。
0585敏達14乙巳03月30日
仏教排斥を唱える物部守屋が、仏像・寺院等を焼打ち
0585敏達14乙巳08月15日
第30代敏達天皇崩御(40歳)

0585敏達14乙巳09月05日

欽明天皇の第四子・橘豐日皇子が第31代用明天皇として即位

0587用明02丁未年04月09日

第31代用明天皇崩御  磐余に葬られる 48歳

0587用明天皇02丁未06月07日

蘇我馬子が、物部守屋が次期天皇に擁立しようとした穴穗部皇子を暗殺

0587用明天皇02丁未08月02日

欽明天皇の第12子・泊瀬部皇子が即位し第32代天皇・崇峻天皇となる

0588崇峻天皇01戊申

日本書紀によれば、蘇我馬子が飛鳥衣縫造(あすかのきぬぬいのみやつこ)の樹葉の家を壊し、初めて法興
寺(ほうこうじ)をつくり、この地を真神原(まかみのはら)と名付けた。

善信尼(ぜんしんのあま)らを百済に受戒の法を得るために発たせた。
0590崇峻天皇03庚戌10月
法興寺の用材を山で伐る
0592崇峻天皇05壬子10月04日
崇峻天皇が献上された山猪を前にして「いつの日か、この山猪のごとくいやなあいつの首を落としてやろう」と
言われたという。この噂を耳にした蘇我馬子が一ヶ月後の凶行に及ぶこととなったのか?
0592崇峻天皇05壬子10月
法興寺の仏堂と歩廊に着工
0592崇峻天皇05壬子11月03日
蘇我馬子の命令で東漢直駒に崇峻天皇を暗殺
0592崇峻天皇05壬子12月08日
敏達天皇の皇后だった額田部皇女(豐御食炊屋姫)が初の女帝として即位。第33代天皇・推古天皇となる
0593推古天皇01癸丑
田村皇子(舒明天皇)生誕。
0593推古天皇01癸丑01月15日
仏舎利を心礎の中に安置。(推古天皇
0593推古天皇01癸丑01月16日
塔の心柱を建てる。
0593推古天皇01癸丑4月10日
聖徳太子推古天皇の摂政に就任。国政総理の職掌を皇室に取り戻す

0593推古01天皇癸丑

用明天皇を科長に改葬

0594年推古天皇02甲寅

宝皇女(皇極、斉明)生誕
0596推古天皇04丙辰
軽(孝徳天皇)生誕
0596推古天皇04丙辰11月
法興寺落成。蘇我馬子の長子善徳臣が寺司に任じられ、高麗から帰化した、慧慈(えじ)、慧聡(えそう)の二
人の僧がこの日から住まいした。
0599推古天皇07己未04月27日
地震