17世紀

17世紀に活躍した人物


17世紀の出来事


1601慶長06辛丑03月 芸備40万石を拝領した福島正則が広島に入城
1601慶長06辛丑0601 徳川家康が佐渡島の相川金山を幕府直轄領とするよう指令
1602慶長07壬寅年
本願寺教如は京都に移り東本願寺を建立

1602慶長07壬寅

佐竹氏の秋田移封、大坂屋久左衛門は佐竹氏家臣の牛丸の要請を受け秋田阿仁銅山開発に着手(豪商大阪
屋久左衛門HP)

1602慶長07壬寅0510

徳川家康が諸大名に二條城造営を命じる

1603慶長08癸卯02月12日

徳川家康が征夷大将軍に就任
1603慶長08癸卯03月 江戸市街地の造成が始まる。日本橋もかけられる。
1603慶長08癸卯07月28日
徳川家康の孫で7歳の千姫が、11歳の豊臣秀頼の大坂城へ輿入れ
1604慶弔09甲辰0204 江戸幕府が、東海・東山・北陸の3道に江戸日本橋を起点とする一里塚を設置
1604慶長09甲辰0320 黒田如水(孝高)歿
1605慶長10乙巳04月 徳川秀忠が2代将軍となる。
1605慶長10乙巳09月20日 山内一豊(61)死没 読みは「やまうちかつとよ」
1606慶長11丙午 江戸城の拡張工事が始まる。
1607慶長12丁未01月07日 生駒家長没
1607慶長12丁未02月20日 出雲の阿國が江戸で歌舞伎踊りを演じる
1608慶長13戊申03月11日 征夷大将軍を辞任した徳川家康が駿府城に移り住む
1609慶長14己酉0707 徳川家康が薩摩藩主・島津家久に琉球所管を認可
1611慶長16辛亥 永松銅山(山形県)発見
1611慶長16辛亥0327 第107代後陽成天皇が退位 し、政仁親王が第108代後水尾天皇として即位。
1611慶長16辛亥0328 家康上洛、豊臣秀頼を二条城に呼び出し会見。主従関係は逆転する。
1611慶長16辛亥06月24日 加藤清正歿
1611慶長16辛亥08月21日 会津地方でM6.9の大地震。
1611慶長16辛亥10月28日 三陸地震M8.1 津波死者1783人
1612慶長17壬子03月21日 江戸幕府が幕府直轄領にキリシタン禁教令を発令。翌年全国に拡大することとなる
1612慶長17壬子04月19日 天台宗の僧南光坊天海[慈眼大師)が徳川家康と会見
1612慶長17壬子09月02日 完成間近の伊賀上野城の天守が暴風雨のため倒壊。以後、武家諸法度により修復不可能となる。
1613慶長18癸丑10月03日 江戸幕府が煙草の無許可栽培を禁止
1613慶長18癸丑12月23日 江戸幕府2代将軍徳川秀忠が2回目の「キリシタン禁令」を全国に布告
1614慶長19甲寅07月17日 織田信包、大阪城で病没
1614慶長19甲寅 京都方弘寺大仏完成 家康は開眼供養が吉日でないことや鐘銘の「国家安康」の部分に問題ありと通告。宿老
片桐且元は仲介を務めたが失敗、大阪城を退き茨木城に籠城。家康は駿府にあり大坂攻撃を決意。
1614慶長19甲寅07月26日 徳川家康が、豊臣秀頼が作った京都・方広寺の大仏の鐘にある「国家安康」の文字に対し、家康の名前を分け
て呪っていると言いがかりをつける。大坂冬の陣のきっかけに
1614慶長19甲寅09月24日 江戸幕府が高山右近らキリシタン大名を含む148人をマニラ・マカオに追放
1614慶長19甲寅10月01日 徳川家康が諸大名に出陣の命を下し、大坂冬の陣が始る
1614慶長19甲寅10月06日 大坂冬の陣で、真田幸村ら豊臣方の武将・重臣が大坂城に入る
1614慶長19甲寅11月22日 鴨野、今福方面で本格的戦闘が開始される。冬の陣は大坂方9万、徳川方20万とされる。
1614慶長19甲寅12月17日 朝廷からの和議斡旋
1614慶長19甲寅12月20日 大坂冬の陣で西軍と東軍の和議が成立。大阪城の外堀を埋める。
1615慶長20乙卯01月11日 江戸幕府の命により近江国国友村の鍛冶が鉄砲の生産を開始
1615慶長20乙卯04月04日 徳川家康が大坂再征を命じる(大坂夏の陣)
1615慶長20乙卯04月18日 家康上洛、秀忠も伏見城に入る
1615慶長20乙卯04月27日 大坂夏の陣が開戦
1615慶長20乙卯05月05日 徳川家康が大坂夏の陣の為に京都・二條城を出陣
1615慶長20乙卯05月07日 大坂夏の陣で大坂城天守閣が炎上。真田信繁(49)戦死。
1615慶長20乙卯0508 豊臣秀頼自刃
淀殿(茶々)自刃 1569永禄12年生
大坂夏の陣が終結。豊臣家が滅亡
1615慶長20乙卯0613 一国一城令発布
1615慶長20乙卯0707 江戸幕府が諸大名の為「武家諸法度」を発布
1615慶長20乙卯0708 江戸で晩雪
1615慶長20乙卯0713 後水尾天皇の即位に伴い元和に改元元号一覧に戻る
1615元和01乙卯07月17日 江戸幕府が「禁中並公家諸法度」を発布。皇室・公家の行動を規制
1616元和02丙辰04月17日 徳川家康が駿府城で死亡
1616元和02丙辰07月28日 宮城県沖地震M7.0 仙台城の石垣ことごとく破損(仙台市博物館)
1616元和02丙辰10月03日 江戸幕府が煙草の無許可栽培を禁止

1617元和03丁巳年

日光東照宮造営

1617丁元和03巳年03月10日

江戸幕府が江戸に吉原遊廓の開設を許可

1617元和03丁巳年08月26日

第107代後陽成天皇崩御

1618元和04戊午年06月03日

鍋島直茂没

1619元和05己未08月04日

福島正則改易に伴い水野勝成が福山城主となる。

1619元和05己未12月19日

直江兼続死没

1619元和05己未12月22日

江戸幕府が12箇条の「人身売買禁止令」を発布

1620年_元和06年庚申

秋田阿仁大火

1620元和06庚申年01月23日

江戸幕府が、諸大名に大坂城の修築を行わせる

1622元和08壬戌

内藤政長が平藩へ入封。以後125年間平藩は内藤氏が治める事となる。
1622元和08壬戌 水野勝成により福山城が3年がかりで完成
1622元和08壬戌08月 最上氏改易 本田正純が上使として受取に派遣される
1622元和08壬戌0805 元和大殉教。長崎でキリシタン55人を処刑
1622元和08壬戌1110 江戸城本丸の修理が完成

1623元和09癸亥年07月27日

徳川家光が江戸幕府第3代将軍に就任
1623元和09癸亥年08月04日 黒田長政歿。(武将, 福岡藩主(初代))<数え56歳>
1623元和09癸亥年11月19日 興子親王(明正天皇)生誕
1623元和09癸亥 泉屋(住友)が大坂内淡路町に銅吹所を開設
1624元和10甲子0230 元和から寛永に改元元号一覧に戻る)
1624寛永01甲子0713 福島正則歿 享年64
1626-丙寅-寛永03年04月27日 江戸幕府が人身売買を禁止
1628寛永05戊辰06月10日 徳川光圀生誕
1629寛永06己巳07月25日 紫衣事件。江戸幕府が高位・高徳の僧への紫衣の勅許を停止。抗議した沢庵らを東北へ流罪に
1629寛永06己巳10月03日 江戸幕府が山田長政に朱印状を交付しシャムとの貿易を許可
1629寛永06己巳10月23日 江戸幕府が、風紀を乱すとして女歌舞伎・女舞・女浄瑠璃を禁止
1629寛永06己巳11月08日 「勅許の紫衣」を幕府が無視・反対したことに悲憤し、第108代後水尾天皇が7歳の第二皇女興子内親王に譲
位 、第109代明正天皇となる。
1630寛永07庚午0430 織田信雄没
1630寛永07庚午1005 藤堂高虎(75)歿
1631寛永08辛未09月12日 加藤嘉明歿(伊予松山城主)
1632寛永09壬申01月24日 徳川秀忠歿
1632寛永09壬申12月17日 江戸幕府が、大名監視の為の「大目附」を設置。柳生宗矩ら4人が任命される
1633寛永10癸酉0125 佐竹義宣(久保田藩主)歿

1633寛永10癸酉03月12日

紹仁(後光明天皇)生誕
1633寛永10癸酉 秋田阿仁銅山開坑

1634寛永11甲戌

内藤平藩の知行家臣人数が259人、63150石との記述
1634寛永11甲戌0528 江戸幕府が長崎の出島の造成を命じる

1634寛永11甲戌0804

江戸幕府が譜代大名に妻子の江戸居住を命じる

1634寛永11甲戌年11月07日

伊賀越仇討。渡辺数馬が河合又五郎らと決闘。荒木又右衛門が助太刀

1635寛永12乙亥年05月28日

江戸幕府が第三次鎖国令を布告。海外渡航の全面禁止、在外邦人の帰国禁止
1635寛永12乙亥11月09日 江戸幕府が寺社奉行を設置

1636寛永13丙子

泉屋(住友)が銅吹所を大坂長堀に移転
1636寛永13丙子05月19日 江戸幕府が第四次鎖国令を布告。通商に無関係なポルトガル人の追放など

1636寛永13年丙子05月24日

伊達政宗歿。
江戸の桜田屋敷で死亡。享年70。死因は癌性腹膜炎あるいは食道癌(食道噴門癌)と推定されている。辞世の
句は、「曇りなき心の月を先だてて浮世の闇を照してぞ行く」。石田将監ら15名が殉死している。
遺言:「この後、我が姿を描くことあらば、両目とせよ」

1637寛永14丁丑0203

本阿彌光悦歿 80歳

1637寛永14丁0310

本田正純(73)歿

1637寛永14丁丑1025

島原の乱。天草・島原の農民が藩・領主の圧政、キリシタン弾圧に反抗して蜂起

1637寛永14丁丑1109

江戸幕府が島原の乱の鎮圧に板倉重昌らを派遣

1637寛永14丁丑1116

良仁親王(後西天皇)生誕

1637寛永14丁丑1203

島原の乱で島原・天草の一揆勢が原城に蘢城

1639寛永16己卯

今村知商が竪亥録を100部だけ江戸で出版

1639寛永16己卯07月05日

「第五次鎖国令」発布。ポルトガル船の来航を禁止。幕府による貿易管理が完成

1639寛永16己卯08月11日

江戸城本丸が全焼

1640寛永17庚辰02月

宮本武蔵が熊本に落ち着く

1641寛永18辛巳0517 江戸幕府が平戸のオランダ人を長崎の出島に移住させる
1641寛永18辛巳0803 徳川家綱生誕(江戸幕府将軍(4代))[1680年歿]
1641寛永18辛巳 銅商大坂屋久左衛門(2代)生誕
1642寛永19壬午03月03日 江戸幕府が勘定奉行を設置
1642寛永19壬午05月09日 江戸幕府が譜代大名にも参勤交代を命ずる
1643寛永20癸未03月11日 富農への土地集中防止の為、江戸幕府は「田畑永代売買の禁」を発布。
1643寛永20癸未年09月14日 春日局没
1643寛永20癸未10月02日 天台宗の僧南光坊天海(慈眼大師)没

1643寛永20癸未10月03日

第109代明正天皇が退位 し、紹仁親王が第110代後光明天皇となる。

1643寛永20癸未

宮本武蔵、熊本岩殿山の零巌洞に籠って『五輪の書』を著わす。(随筆宮本武蔵)
1644寛永21甲申 生:芭蕉

1644寛永21甲申1216

後光明天皇の即位に伴い正保[しょうほう/しやうほう]に改元元号一覧に戻る)

1645正保02乙酉0519

宮本武蔵歿(62歳)

1648正保05戊子0215

正保から慶安(けいあん)に改元
1651慶安04辛卯03月15日 水野勝成(88)歿 15640930永禄07甲子08月15日生誕
1651慶安04辛卯04月24日 江戸城大奥を改新。女中3700人以上を解雇し、不要な建物を取壊す。
1651慶安04辛卯07月23日 慶安の変。兵学者・由井正雪の幕府顛覆計画が発覚
1651慶安04辛卯07月26日 由井正雪自害。(軍学者, 慶安の変の首謀者)<数え47歳>
1651慶安04辛卯08月18日 徳川家綱が江戸幕府4代将軍に。朝廷の勅使が江戸城に下向して将軍宣下

1652慶安05壬辰0918

徳川家綱の将軍就任に伴い慶安から承応[じょうおう]に改元
1653-癸巳-承応02年01月13日 江戸幕府が、町人・清右衞門が建議した多摩川からの江戸への導水路(現在の玉川上水)着工を許可
1654承応03甲午05月25日 識仁親王(霊元天皇)生誕
1654承応03甲午07月05日 明の禅僧・隠元が長崎に到着
1654承応03甲午09月20日 第110代後光明天皇崩御22歳
1654承応03甲午11月28日 良仁親王が第111代後西天皇として即位

1655明暦01乙未0413

承応から明暦に改元

1656明暦02丙申1224

江戸幕府が、日本橋葭町の葭原(吉原)遊廓の浅草千束への移転を命令

1657明暦03丁酉年

平藩(内藤氏)が、知行制を録米制に変更。

1657明暦03丁酉年01月18日

江戸で明暦の大火(振袖火事)。死者10万人以上。江戸城天守閣が焼失

1658万治01戊戌年03月22日

三浦明敬生誕(後の延岡城主)

1658万治元戊戌年0723

明暦の大火が起きた為、明暦から萬治[まんじ/まんぢ]に改元元号一覧に戻る)

1658万治元戊戌年09月08日

江戸幕府が旗本4人を火消役に任命
1659万治02己亥1213 隅田川に初めての橋・両国橋が架かる
1660万治03庚子0825 将軍徳川家綱が、仙台藩主・伊達綱宗を廃し2歳の亀千代(伊達綱村)の後継を裁断。伊達騒動の発端
1661寛文01辛丑0425 1月に京都大火が起きた為、寛文[かんぶん/くわんぶん]に改元(元号一覧に戻る)

1661寛文01辛丑

銅商大坂屋久左衛門(初代)が隠居 2代目大坂屋久左衛門(20)が家督相続

1662寛文02壬寅07月12日

酒井忠勝(小浜藩主)歿
1663寛文03癸卯01月26日 第111代後西天皇が退位 し、識仁親王が第112代霊元天皇として即位
1665寛文05乙巳0102 大坂城天守閣が落雷により焼失

1666寛文06丙午0206

千姫没 享年70
1669寛文09己酉04月24日 内藤義孝生誕 内藤家07代当主
1669寛文09己酉10月23日 アイヌのシャクシャインが、和睦の為に訪ねた松前泰広の陣で謀殺される
1672寛文12壬子02月02日 江戸市ヶ谷の浄瑠璃坂で宇都宮藩の奧平源八が父の仇を討つ。日本三大仇討の一つ
1673延宝01癸丑09月21日 京都大火などの災異で寛文から延宝(えんぽう)に改元。(元号一覧に戻る)
1673延宝01癸丑10月01日 岩国藩が錦帯橋を架橋

1674延宝02甲寅年

内藤平藩の知行家臣212人、外扶持を含めると299人と報告されている。
1675-乙巳-延宝03年09月03日 朝仁(東山天皇)生誕
1678-戊午-延宝06年07月16日 保井算哲が秋分点を観測
1680-庚申-延宝08年08月19日 後水尾天皇崩御。(政仁親王, 三宮)(天皇(108代))<数え85歳>
1681-辛酉-天和01年09月29日 辛酉革命の為延宝から天和(てんな)に改元

1682天和02壬戌

銅商大坂屋久左衛門(2代)が隠居し久左衛門清浚(3代)が家督相続

1682天和02壬戌07月16日

江戸幕府が看板などに「天下一」の文字を使用することを禁止

1682天和02壬戌12月28日

天和の大火 この時芭蕉庵も焼失
1683天和03癸亥年02月09日 朝仁親王(東山天皇)が立太子
1683天和03癸亥年09月22日 姦通の罪で京都烏丸の大経師の妻おさんと手代茂兵衛が処刑。後に井原西鶴『好色五人女』巻三などの題材
となる

1684天和04甲子0221

天和から貞享(じょうきょう)に改元

1684貞享01甲子0813

高岡八右衛門(阿仁銅山発見者)没

1685年_貞享02乙丑年02月22日

第111代後西天皇崩御 49歳

1685貞享02乙丑07月14日

江戸幕府が将軍通行の時の犬猫の繋留を禁止。初の「生類憐みの令」

1687貞享04丁卯01月28日

将軍徳川綱吉の命により、犬だけだった「生類憐愍令[しょうるいあわれみのれい]」を牛馬・猫・魚介類にまで拡

1687貞享04丁卯03月21日

第112代霊元天皇が退位 し朝仁親王が第113代東山天皇として即位

1688元禄元戊辰0930

貞享から元禄(げんろく)に改元

1688元禄01戊辰年11月12日

江戸幕府5代将軍徳川綱吉が、納戸役・柳沢吉保を側用人に抜擢

1689元禄02己巳年正月28日

秋田阿仁三枚銅山の大坂屋手代彦兵衛歿、

16890416元禄02己巳02月27日

芭蕉が河合會良を伴い奥の細道の旅に出発

1690元禄03年庚午10月14日

水戸藩の徳川光圀が病気を理由に政界から引退

1690元禄03年庚午

泉屋(住友)が本店・居宅ともに大坂長堀に移転

1691元禄04辛未02月30日

公慶上人による東大寺大仏の修理が完成

1691元禄04辛未05月09日

江戸幕府が豪商・住友家に別子銅山の採掘を許可

1691元禄04辛未

別子銅山開坑

1692元禄05壬申05月10日

江戸幕府が江戸市中の富くじを禁止

1692元禄05壬申09月22日

長崎出島に2年間滞在したドイツ人医師ケンペルが帰国。著書『日本誌』の中で初めて「鎖国」と表現

1693元禄06癸酉08月10日

井原西鶴歿(俳諧師, 浮世草子作家『好色一代男』)<数え52歳>

1694元禄07甲戌02月11

高田馬場の決闘。中山安兵衛(後の堀部安兵衛)が舅の菅野六左衛門の仇討ちを助っ人

1694元禄07甲戌10月12日

松尾芭蕉歿 大坂御堂筋の旅宿花屋仁右衛門方で客死。「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」

1696元禄09丙子1110

第109代明正天皇崩御 74歳

1697元禄10丁丑

大坂屋4代目清胤となる甚之烝生誕

1698元禄11戊寅06月03日

佐々介三郎歿